ホームでは6−0と圧勝したヨルダンに、アウェイでは2点を先制されて敗れてしまった日本代表。W杯出場権獲得はお預けとなったけれど、ここまで最終予選は4勝1分と順調に進んできただけに、やっと「アジア最終予選ぽくなったな」という気持ちもある。「アジアの予選は簡単じゃない。厳しい戦いなんだ」と口々にそう語ってきた代表選手たちにとってもその思いを新たにした試合だったに違いない。
 
 カナダ戦後も2回の練習をドーハで行い、3月24日夕方遅くに、チームはアンマンへ到着。3月25日の公式練習前には、ザッケローニ監督からは「簡単な試合などない。しっかり集中していこう」と訓示があり、チームは本番モードへとうまく切り替えられたという。

 ヨルダン戦の舞台となるキング・アブドゥラ・インターナショナルスタジアムは、アンマン市内から車で30分ほどのところにある古いスタジアムだ。ヨルダンはここでオーストラリアを破った。試合前日会見でヨルダンの監督は「前回日本で対戦したときは、移動直後で選手たちには疲れが残っていた。しかし今回は違う。いい準備をして、ホームで試合ができる。オーストラリアに勝ったスタジアムで戦えるというだけで、気持ちがハッピーになる」と語っている。

 ヨルダンにはシリア、イラク、パレスチナ、イスラエルからの難民やその子孫が多く暮らす。代表チームに対する愛情は、日本のそれとはまた違った熱さがあり、それが奇跡的な勝利を生み出してきた。

 そしてヨルダン戦。
 日本は躍動した攻撃の形を何度も披露した。ショートパスの交換で攻撃のリズムを作りだしていた。しかし、得点だけが決まらない。そんな状況下でむかえた前半ロスタイム。コーナーキックから先制点を許した。数日前に実施したカナダ戦同様にセットプレーから失点だった。

 後半「いい流れになったな」と思った直後に悲劇が起きた。16分、ヨルダンのアーメド・ハイルが酒井をおきざりにして、ドリブルで仕掛けていく。吉田が対応するも止めきれず、手痛い2失点目を献上してしまう。

「中東は一発を持っている選手がいるから」と試合前に話していたのは前田だった。ヨルダンにもこのアーメド・ハイルやアルサイフィーといった高い個の力を秘めた選手がいた。そのふたりで、日本守備陣を翻弄したといってもいいだろう。

 後半24分に香川が決めて2−1とし、その直後にはPKのチャンスを得たが決められず、自陣ゴール前を固め、執拗な時間稼ぎを繰り返すヨルダンを相手に、あと1点が遠かった。
 
 先制点を許した日本がリスクを負ってでも攻めに出る気持ちは理解できるが、カウンター攻撃を狙っている相手を抑え込む、リスクマネージメントは行われていたのだろうか? もちろん2失点目は守備人数は足りていたけれど。

 日本を破るための秘策として、カウンター攻撃を考えるチームは多いだろう。もちろん、カウンターで活きる個の力があるチームに限られるが。三次予選のホームのウズベキスタン戦でもカウンターに泣いた。昨年秋に対戦したブラジルもまたカウンターで日本を沈めた。カウンター対策はザックジャパンにとって大きな課題だ。

 パスがつながっている状況、相手を崩しているという感覚が裏目に出るケースもあるのではないか? 当然そこで、ゴールをきめていれば、問題はないのだが、カウンターを狙うチームの守備ブロックは硬く、そう簡単に破れるものでもないし、残念ながら、日本人選手のシュートの精度はそれほど高くはない。

 ヨルダン戦についての解説の中で強く納得のいくものがあったので、紹介したい。
「状況によっての工夫が足りなかった。(中略)試合の流れ、時間帯、相手のシステムによって瞬時に判断し、プレースタイルを変える工夫が、世界と戦うためにも必要となってくる」
 日刊スポーツでの藤田俊哉氏のコラムだ。カウンター対策というわけではないが、ヒントにはなるだろう。
(http://www5.nikkansports.com/soccer/column/fujita/archives/39797.html)

 自陣前に人数をかけた敵に対して、攻撃にかける人数を増やしてしまうのは、逆にペナルティエリア付近のスペースを消してしまうことにもつながる。藤田氏も指摘しているように、いったん攻撃の手を緩めて、相手に攻めさせ、その裏を狙う手もある。もしくはミドルシュートに活路を見出す方法もあったはずだ。

 選手それぞれが攻守に渡り、ハードワークをし、連動し、相手陣内へと攻め入る。パスを繋ぎ、崩していくというスタイルのベースが、ザックジャパンに出来つつあるという手ごたえは感じる。ボールに絡む選手たちの顔ぶれを変えながら見せるサッカーには、躍動感がある。どんな強豪を前にしても、自陣を守り固めるのではなく、自分たちのサッカーで相手をねじ伏せようとするチャレンジ精神がチームを進化させていることも理解できる。

 しかし、どうもそれ一辺倒な気がしないでもない。
 がむしゃらさだけでは、勝ち点が拾えない相手もいる。実直に自分たちのスタイルを貫き通すことはもちろん重要だけれど、自身の武器を活かすために試合の“流れ”を変えるプレーを選択する老練さが足りないように感じられる。
 ヨルダン戦の日本代表は若くてナイーブだった。相手をいなすような狡猾なイメージをチームで共有する必要性を感じる。
 試合巧者と言えば、先制後にうまく逃げ切ることをイメージしがちだが、押したり、引いたりと、緩急がつけられるチームこそが試合巧者と呼ぶにふさわしいが、そういう力が日本には足りないのではないか?
 
 ベテラン監督のザッケローニはやるべきことはやったと思う。
 試合前に選手の気持ちを締め、「勝って出場権を獲得しよう」と選手たちの意識を向上させた。その指示に選手たちはとらわれてしまったのかもしれない。たくさんのゴールを決めて、快勝で切符を手にしたいのは誰もが思うことだ。しかしピッチで対峙する敵を前にして、自分たちのプレーを変える対応力が日本にはなかった。

 1失点後のハーフタイムでも「ゴールは決まるから」と選手たちのムードは高いままだったとある選手が語っていた。しかし、2失点目を喫し、PKを外し、どんどんと追い込まれていったに違いない。
そんな状況が選手たちにとって、想定外だったのか、想定内だったのかはわからないが、結果を見れば、想定外の有事へのリスクマネージメントが出来ていなかったと言われてもしょうがないだろう。

 サッカーは試合が始まってしまえば、それを止めることができない。ゲームをやりながら、プレーを修正し、かつ、チーム一丸となって新しい方法を遂行するのは簡単じゃないだろう。 
 監督の指示に忠実な日本人の生真面目さやピュアな姿勢が、仇になることもあるかもしれない。しかし、キックオフの笛が鳴れば。試合は選手のものだ。
 監督にできるのは、ベンチから送る簡単な指示と、選手交代くらいだ。だから、ヨルダン戦で臨機応変にプレーを変えられなかったのは、選手の未熟さ故だと感じる。

 現ザックジャパンは過去のW杯予選を戦った代表チームの中でも、若い選手が揃ったチーム。その多くが欧州でプレーしているけれど、戦った試合数でいえば、まだまだ少ないのかもしれない。「この相手に負けている場合じゃないだろう」という強者のオーラで相手を圧倒するほどの経験値が身についてはいないのだろう。応用力を身につけた選手がいたとしても、結局チームでそれを共有できない。そのことがヨルダン戦の敗戦に繋がったのではないか?
 
 勝つために、負けないために何をするのか?
 それは自分たちのサッカーを貫くだけではないはずだ。
 ホームでのイラク戦、アウェイでのオマーン戦は辛勝に終わっている。その2戦を振り返り「勝利は紙一重だった」と長谷部が話していたが、良い内容の試合ができたヨルダン戦でも勝てなければ意味はない。
 紙一重のゲームの結果をどちらへ転ばせるか、その答えは簡単には見つからない。とはいえ、気持ちの問題で片づけてしまってはいけないように思う。

「いいサッカーをしているのに、ゴールが決まらない。今日も負けるんじゃないかと思った」と3月30日のホッヘンハイム戦後、内田がそう語った。「それはヨルダン戦のことを言っているのか?」と聞くと、彼は言葉を濁した。
 シャルケが主導権を握りながらも、ゴールは生まれない。そんな状況が長く続き、先制点が決まったのは、ボランチのヘーガーが、自陣前で相手のパスをカットし、そのまま長い距離をドリブルで快走。その横を並走するファルファンへパス。ファルファンが冷静にパスを流したのは、ペナルティエリア内まで侵入してきたヘーガー。そして落ち着いたシュートでゴールが決まる。手数はかけず、ゴールを割ることだけを意識した、そんなプレーだった。そしてこの先制点を皮切りにシャルケは2点を加点。3−0と快勝した。

「どちらがいいのかわからないけど、外国の選手はすぐにシュートを打つんだよね」
 ドーハでの合宿中に日本代表とシャルケのチームメイトとの違いを語った内田の言葉を思い出す。その日の練習でザッケローニ監督からは「もっとシンプルに」と攻撃のアドバイスが再三あったとも語っていた。パスを繋ぎすぎる、ゴール前で手数をかけすぎることへの警告はなされていたのだった。

 残り2試合で勝ち点1さえ手にできれば、日本代表のアジア予選突破がきまる。
 次の試合は6月4日のオーストラリア戦。しばらく時間が空いてしまうが、逆に準備期間を長くとることも可能だ。チームの戦術を磨くだけでなく、相手の出方に対応するための準備が求められるだろう。
 もちろん、真の意味で試合をコントロールする力は、そう簡単には身につかないものかもしれない。でも、だからこそ、W杯出場を決めたあかつきには、“自分たちのサッカー”を貫くだけでなく、それができない状況をどう打開するのかということに意識を注いでほしい。