9月1日、ブンデスリーガ第2節、シャルケ対アウブスブルク戦。
 前半終了間際のシーンだった。相手にCKを許し、守備陣形を整える場面で、内田篤人は両手をパンパンと叩き、チームメイトを鼓舞するように声を出していた。ゲームの流れが悪くなり、気持ちが切れそうな嫌な空気が漂っている時間でもあった。そして、内田以外にそんな行動をとる選手も少なかった。でもだからこそ、ここで声を張り上げる必要を察知したのだろう。ドイツでも日本代表でもあまり見られなかった内田の姿に、少し驚いた。きっと、普段は大人しい日本人選手の怒鳴り声に、チームメイトたちもハッとしたかもしれない。

 試合開始から、パスを繋ぎながら、攻め上がるシャルケ。しかし、ボールを失い、相手にインターセプトされ、カウンター攻撃を許してもいた。相手のシュートミスに救われる場面や、ディフェンダーの体を張った守備で失点は免れていたが、落ち着きのない展開が続く。

 前半33分にCKからパパドプロスのゴールで先制したシャルケだったが、その後も危ない場面は続く。そして与えてしまったCKだった。

「前半終了直前の相手のCKのときなんだけど」と試合後、その場面について内田に聞くと、「声を出していたでしょ」と自ら話し始めた。
「前の試合(8月26日ハノーファー戦)でもセットプレーから失点していたからね。もったいないじゃん。声を出して失点を防げるのなら、出すでしょ」
 前半何本のシュートチャンスを作りながら、前半終了間際にFKから先制点を許し、試合も2−2と引き分けた前節のハノーファー戦。「勝てた試合だ」とコメントを残しているが、その悔しさが彼の行動を導いたのだろう。
「今まであまりそういう行動を見たことがなかったと思って」という私の言葉に、少し照れくさそうに笑った。

 内田の鼓舞が功を奏したのかは、わからないが、失点することなく前半を終えたシャルケは、後半開始早々に加点し、72分には3点目をマーク。1失点してしまったものの、ホーム開幕戦で白星を飾った。

 前述したように、ボールロストの形が悪く、攻め込まれ、クロスを上げさせてしまうことも少なくなかった内田だが、それも意図的だったと話す。
「ディフェンスラインとボランチの間の守備に課題がある。もう少しやりなれてくれば良くなるとは思う。ディフェンスラインが前の選手を動かせればいいんだけど、今日はその暇もなく、ボールを奪われて、相手に前を向かれたら、サイドへ行かせて中で跳ね返すしかなかった」

 マイボールになると、ボランチのジョーンズが右サイドから攻め上がることも多く、時計が進むにつれて、内田の攻撃参加の回数も減った。後半数本クロスをあげるも、精度が悪く、得点チャンスを作れなかった。オフェンス面で仕事ができたとは言えないし、目立つ活躍があったわけでもない。シーズン序盤、チームとしてのコンディションが上がっていない状態だったが、ボールのない場所での内田の存在感が大きくなったように思えた。

 後半のあるCKでは、守備へ戻ろうとするファルファンに、内田が戻らなくていいと手で指示。クリアボールから、前線に残ったファルファンが相手陣地へ攻め上がるというシーンもあった。ゴールにはならなかったものの、大きなチャンスを生んでいる。
 
 ドイツへ移籍して迎えた3シーズン目、契約延長も果たし、クラブとしても内田への期待は大きい。今季はシーズン前のキャンプにもフル参加。代表で離脱することもなかった。そんな状況下で、内田の中で、中堅選手としての覚悟が芽生えたのだろう。

 海外移籍を果たし、レベルの高い新天地で様々なことを吸収する。そういう学びの姿勢は、どちらかと言えば、受け身であることも多かったに違いない。もちろん今後も学ぶことはたくさんある。しかし、受け身のままではなく、自らがチームを引っ張っていくという意思がピッチで表現できるようになった。そんな変化の兆しを感じる。

 昨季、内田が話していた言葉を思い出す。
「スタッフに言われたんだ。『ウシダは謙虚すぎる。(練習の)荷物なんて運ばなくてもいいし、もっと堂々としてればいいのに』って。俺は荷物を運ぶことはやめないけど、でもそんな風に周りは見ているのかって思った」

 このとき、自身の立場が変わり始めていることを自覚したのかもしれない。そして、シャルケのステフェンス監督は、練習中から、闘志をみなぎらせて戦うことを選手に求める。そういう環境もまた、内田を変えるひとつのきっかけになったはずだ。

 ドイツでは、24歳の選手を若手とは呼ばない。年齢とキャリアに相応しい振る舞いが自然とできるのも、クラブでの居場所を明確に意識できるから。同時に現状の充実感が彼に自信をもたらしている。

 しかし、昨シーズン終盤からつかんだレギュラーポジションも安泰ではないと話す。
「今週の紅白戦で、横パスを1本ミスしたら、即座に控えチームへ行かされた。だから今日の試合は出られないかと思っていた、『1本かぁ。横パス1本厳しいなぁ』とも思うけれど、緊張感はずっとある。練習の横パス1本でね。いい環境です。でも監督はフェアーだから。調子いいヤツは使うし、調子悪かったら使わない。ベネ(ヘベデス)はキャプテンだし、ドイツ代表だけど、ジョエル(マティブ)とパパ(パパドプロス)が良ければ、ふたりを使うからね。俺が去年出られなかったのは、自分が良くなかったから、それは納得していたから」

 そうあっさりと振り返るものの、重く苦しい日々の中でもがいた。その結果自分に足りないもの、求められているものを察知する。ドイツで最初に感じたのは「常に一生懸命集中し、ガムシャラに戦わなければ、やられる」という思いだった。そして2年目には内なる闘志を表現することの重要性とだったに違いない。そして3年目はプレーだけでなく、その態度や行動で、チームに貢献できるようになっていってほしい。
 
 今夏、私はJリーグで15年以上はプレーしているベテラン選手への取材を集中して行った。そんな多くの選手たちから感じたのは、環境や立場の変化に伴い、自身がやるべき仕事を消化し、求められる振舞えができる選手こそが、息長く現役でプレーできるということ。誰かに「お前はベテランなんだから」と諭されるのではなく、やるべきことを追求した結果、新しい役割を受け入れる準備が自然と整う。自らが気づいたからこそ、新しい武器が身につけられるのは、プレーと同じだということを知った。

 試合終了時には相手選手全員のもとへ自ら歩みより、あいさつを交わしてもいた。昨季なら、日本人選手にしかしなかったような行動だ。
「ク(ジャチョル)がいたからね」とそれを指摘されると素っ気なく答えるだけだった。さらに追及してもきっと「べつに」と、いつものようにかわされそうな気がする。
 でも、今までとは違う振る舞いには理由があるのは間違いないはず。〜ができるようになった、〜するようにしている。そんな意識があるのは感じられた。

 シーズンはまだ始まったばかりで、第2戦目で見せた内田の中堅選手らしい振る舞いが継続して行えるとは断言はできない。それは周りで思うほど、簡単なことではないから。チームへの気配りと自身のプレーとを両立させるための最善なバランス感覚を身につけるには時間も必要だからだ。
 それでもその最初の一歩を見られたことを幸運に思う。