11月20日の練習後に内田篤人の取材を行ったのだが、その途中、ある男性ファンが内田に声をかけた。もちろんドイツ語だ。少し考えてから内田が「ダンケ」と答えると男性は「チュース」と言って、去っていく。

「『昨日、試合頑張っていたね』って、言っていたのかな?」
 まだまだドイツ語が得意ではない内田が、ドイツ在住のスタッフに聞く。
「『君は昨日、試合に出ていたね』と言ってくれたよ」
「そう。じゃあ僕の返事、おかしくはなかったよね」と内田が笑う。
 前日のニュルンベルク戦で、リーグ戦6試合ぶりに先発出場していた内田を激励してくれたのだろうから、「ありがとう」で問題はないはずだ。

 昨季後半はリーグ戦、チャンピオンズリーグと右サイドで先発出場を続けていた内田だったが、今季は開幕から新加入のヘイガーがそのポジションで起用されていた。それでも9月18日のバイエルン戦でリーグ戦初先発を飾ると、つづく9月24日フライブルグ戦ではアシストもマーク。「これからやっと始まる」と内田も思ったに違いない。しかし、9月27日の練習中に右太もも裏を肉離れ。内田にとっては初めての筋肉系の負傷でもあった。

 アスリートにとって、怪我はつきものだが、タイミングが最悪だった。実は9月22日にランデニック監督が突然辞任を表明。ステフェンス新監督就任の日に、内田は負傷してしまったのだ。
「ショックはショックだったけれど、怪我をしたのは自分が悪いし、治すことに集中した。肉離れは再発すると厄介だから、慎重に行きたい」と内田は当時話している。

 内田に代わり、右サイドでプレーしているのはドイツ代表のヘーヴェデス。シャルケではセンターバックで活躍しているが、代表ではサイドバックを務めている。
 10月26日のドイツカップでベンチ入りした内田だったが、出場は11月3日のヨーロッパリーグの試合のみで、リーグ戦での出場は叶わず、代表遠征へと旅立った。
 タジキスタン戦に先発し、北朝鮮戦でも途中出場した。それでも無敗を続けているシャルケでの立場が変化するとは思えなかった。ヨーロッパカップ出場の可能性は高いが、リーグ戦先発までには、時間を要するだろうと。
 しかし、11月15日、親善試合のドイツ対オランダ戦で途中出場したヘーヴェデスが膝を負傷してしまう。

「マルコ(ヘイガー)が試合に出るんだと思っていた」
 北朝鮮からドイツへ戻り、練習に復帰したのは11月17日。19日のニュルンベルク戦への先発は難しいと内田は考えていた。
 しかし、試合当日朝の散歩のとき、監督は「左サイドは速い選手だからな」と内田に告げる。
「『準備しておけよ』という感じだったので、『俺が出るんだな』って」
 そして6試合ぶりの出場となった試合で内田は、開始早々からニュルンベルクの左サイドエッスヴァインに手を焼く。
「前半、試合に乗っかるまではうまくいかない場面もあったけど、後半はまあまあだったかな」

 バイエルン、インテル、マンチェスターユナイテッドと世界の強豪と戦っていたときなら、自然と反応できたはずのプレーで対応が遅れる。一瞬のスピードで交わされる。試合勘、フジィカルコンディションが万全でないことは一目瞭然だった。
 しかし、劣勢の時間帯を凌ぎながら、シャルケは4得点を決め、勝利を収める。内田は約3カ月ぶりにリーグ戦フル出場を果たした。

「後半はまあまあだったかな」
 試合後、渋い表情でそう話したが、イメージ通りのプレーが出来ないもどかしさ、ジレンマが伝わってくる。
 そして言った。
「もう少しできるんだけどなというのはある。でもポンって入って、ヒョイヒョイとうまく行くものでもないので。最初にドイツへ来たことを思い出した。ここでうまく行かなくても、我慢してやっていれば、いいのかなって」

 問題なのは内田のコンディションのことだけではない。
「監督は俺のことをまだ理解できていない」
 指揮官との信頼関係が築けていないと実感している。コンディションを戻し、任務を遂行し、結果を残すことしか信頼は得られない。だからこそ、「時間が必要だ」という思いも強くなる。

 昨季もレギュラーに定着したのは秋だった。
「慣れるまでには時間がかかる。お前のプレーはわかっているから、焦る必要はない」という当時監督を務めていたマガトの言葉に支えられ、無我夢中でガムシャラに日々を過ごし、結果ポジションを奪いとり、数々の実績を残した。
 2012年のシャルケのカレンダーにも登場した内田。それは必要な選手として認められた証だ。
 もちろん、クラブ首脳陣やサポーターと、指揮官の思いが同じというわけではない。
 3年契約の内田にとって、契約を1年残した来夏にはシャルケからの契約延長も含めて、オファーを勝ち取らなければならない。そのためにも今季後半は昨季とは違う重要な時間だ。それは本人も自覚している。
「のんびりやりますよ」
 口癖のように繰り返す言葉の奥に隠されているものも1年前とは違うはず。

 ドイツへの移籍、勝ち進んだチャンピオンズリーグと、未知の世界へ挑戦し続けた昨シーズン。そこで築き上げた経験が余裕を生み出した。
「うまくいかないなりに、ごまかせるのも力だと思うので。そういうことは余裕がないと出来ないと思うし、それは、去年1年やってきたからできること」
 余裕は有効な武器だが、時折、それがチャレンジの邪魔をしてしまったり、ネガティブに作用する場合もある。経験が慎重なプレーに繋がり、積極性を奪う可能性も高い。
 いかに余裕を操っていくのか?
 今の内田を見ているとふとそんなことを感じた。

「サッカー人生の中で、これもいい経験になると思うし、前向きですよ」
 負傷離脱とはいえ、その期間は決して長いとは言えない。それでも“初めて”という壁が内田を苦しませているが、悲観や落胆しているわけではなさそうだ。
 身体的なコンディションは時間が解決してくれる課題だ。大切なのは自身との闘いだ。それは今季序盤の香川と同様だ。しかし、香川と内田では性格が違うから、同じ方法で打開できるわけではない。内田には内田の突破術があるはずだ。それを模索する初めての葛藤の中に彼はいる。